Bitter Cafe
苦くて渋くて辛くて酸っぱい日記
予定通り通夜参列。
大学生になるかならないかのところで会ったのが最後かなと思われる、昔私と遊んでくれた3色のチューリップを描いたお姉さんに会った。
やっぱり歳を取っていた。ハキハキしたお姉さんは、ハキハキ以上のおばさんになっていた。
最初に挨拶に伺うと、お姉さんはすぐ私がわかったけど、奥さんは何で私が来たんだろうと思ったかもしれない。私はこの奥さんとは本当に会話どころか挨拶もしたかどうかの関係だったから。
だって、私は亡くなったご主人のために来たんだもの。
奥さんは、焼香も要領を得なくなり、この娘さんに引っ張られていた。
挨拶は、要領を得なくなった奥さんではなく、お姉さんでもなく、お姉さんのご主人でもなく、孫だった。
私はおとーさんの葬儀の時、葬儀屋さんの担当の人が、挨拶はしどろもどろになるより、堂々と紙を読んだ方がいいと言ったことを思い出していた。決まったあいさつ文は嫌だったから、1人で通夜と告別式の2文を一生懸命考えた。本番(不謹慎な言い方だろうか)では、それを聞いて私に代わって泣いてくださった方もいらして、これでよかったと思った。
挨拶の孫は、堂々とした感じだったけど、紙を読まず、自分の言葉で話そうとしたものの、途中で、わからなくなって、紙を読み返して、言うべきことをしばらく探している様子だった。中途半端になった。
やっぱり、言いたいことすべてを簡潔に伝えるなら、紙は読むべきだと改めて思った。
通夜を終え、ご親族へのあいさつの列に並んだ。
お姉さんは、テンションが高く、「すぐわかったよ。わっかいねー」と声高らかに私に言った。
なんだか、同窓会か結婚式か、めでたい席のような感じだった。
よく見ると、目の上が青色で、やっぱり結婚式的だった。
私の両親のお別れに、真面目に、誠実に、気持ちを込めてきてくださった亡くなったご主人の家族は、少しずれていた。
大学生になるかならないかのところで会ったのが最後かなと思われる、昔私と遊んでくれた3色のチューリップを描いたお姉さんに会った。
やっぱり歳を取っていた。ハキハキしたお姉さんは、ハキハキ以上のおばさんになっていた。
最初に挨拶に伺うと、お姉さんはすぐ私がわかったけど、奥さんは何で私が来たんだろうと思ったかもしれない。私はこの奥さんとは本当に会話どころか挨拶もしたかどうかの関係だったから。
だって、私は亡くなったご主人のために来たんだもの。
奥さんは、焼香も要領を得なくなり、この娘さんに引っ張られていた。
挨拶は、要領を得なくなった奥さんではなく、お姉さんでもなく、お姉さんのご主人でもなく、孫だった。
私はおとーさんの葬儀の時、葬儀屋さんの担当の人が、挨拶はしどろもどろになるより、堂々と紙を読んだ方がいいと言ったことを思い出していた。決まったあいさつ文は嫌だったから、1人で通夜と告別式の2文を一生懸命考えた。本番(不謹慎な言い方だろうか)では、それを聞いて私に代わって泣いてくださった方もいらして、これでよかったと思った。
挨拶の孫は、堂々とした感じだったけど、紙を読まず、自分の言葉で話そうとしたものの、途中で、わからなくなって、紙を読み返して、言うべきことをしばらく探している様子だった。中途半端になった。
やっぱり、言いたいことすべてを簡潔に伝えるなら、紙は読むべきだと改めて思った。
通夜を終え、ご親族へのあいさつの列に並んだ。
お姉さんは、テンションが高く、「すぐわかったよ。わっかいねー」と声高らかに私に言った。
なんだか、同窓会か結婚式か、めでたい席のような感じだった。
よく見ると、目の上が青色で、やっぱり結婚式的だった。
私の両親のお別れに、真面目に、誠実に、気持ちを込めてきてくださった亡くなったご主人の家族は、少しずれていた。
至急の回覧板が来た。訃報だった。
90歳のご主人。
私を上下に挟んで2人の娘さんがいた。
そのうちお姉さんは、昔連続何夜かで我が家に遊びに来ていた。歳も違うし、なぜそういうことになったかは、子供の私はよくわからない。
ただ、「おねえさん」という感じで、遊んでくれた。
私は、とても普通路線の子供で、チューリップの絵を描くと、3つの花びらの山と赤とか黄色1色。
ところが、この子は、3つの花びらの山ごとに色を変えていた。つまり1つのチューリップが3色。
普通路線の私の両親は、私がこれを真似して3色で描くと、あまりうれしそうではなかった。
ともあれ、この数日、私は、楽しかった・・・様な気がする。
そして、お姉さんが高校生、私が中学生になった。ほとんど家としての交流もなかった。
お姉さんは、朝の通学の時に痴漢にあった。「たすけてー」と叫びながら逃げた。そしてうちのかーさんが、家に入れた。
今とは違って外に向けて声を出すことの苦手な私に、かーさんは「あんただったら、助けを求めることできないだろうね」と言った。
そんなことがあったから・・・だろうか。かーさんの葬儀の時、このご主人は、火葬場から告別式までずっと参列してくださった。
そして、おとーさんの時は、数日遅れて、都合で来れなかったことを詫びて、1人で来てくださった。
あの時遊んでくれたお姉さんと同じ高校に一時期在学していたけど、会話もなかった。お姉さんは、ちょっと自信家で、私の従妹と同学年だったけど、従妹はあまり好きでないと言っていた。
どっちがどっちなのかは、わからないけど。
奥さんとは、全く話をしたことがない。
まぁそんなものだろうけど、ご家族は関係なく、私は亡くなったこのご主人とのお別れのためだけに明日通夜に行く。
おとーさんが亡くなってやがて7年。
確実に年は流れ、人も流れていく。
90歳のご主人。
私を上下に挟んで2人の娘さんがいた。
そのうちお姉さんは、昔連続何夜かで我が家に遊びに来ていた。歳も違うし、なぜそういうことになったかは、子供の私はよくわからない。
ただ、「おねえさん」という感じで、遊んでくれた。
私は、とても普通路線の子供で、チューリップの絵を描くと、3つの花びらの山と赤とか黄色1色。
ところが、この子は、3つの花びらの山ごとに色を変えていた。つまり1つのチューリップが3色。
普通路線の私の両親は、私がこれを真似して3色で描くと、あまりうれしそうではなかった。
ともあれ、この数日、私は、楽しかった・・・様な気がする。
そして、お姉さんが高校生、私が中学生になった。ほとんど家としての交流もなかった。
お姉さんは、朝の通学の時に痴漢にあった。「たすけてー」と叫びながら逃げた。そしてうちのかーさんが、家に入れた。
今とは違って外に向けて声を出すことの苦手な私に、かーさんは「あんただったら、助けを求めることできないだろうね」と言った。
そんなことがあったから・・・だろうか。かーさんの葬儀の時、このご主人は、火葬場から告別式までずっと参列してくださった。
そして、おとーさんの時は、数日遅れて、都合で来れなかったことを詫びて、1人で来てくださった。
あの時遊んでくれたお姉さんと同じ高校に一時期在学していたけど、会話もなかった。お姉さんは、ちょっと自信家で、私の従妹と同学年だったけど、従妹はあまり好きでないと言っていた。
どっちがどっちなのかは、わからないけど。
奥さんとは、全く話をしたことがない。
まぁそんなものだろうけど、ご家族は関係なく、私は亡くなったこのご主人とのお別れのためだけに明日通夜に行く。
おとーさんが亡くなってやがて7年。
確実に年は流れ、人も流れていく。

